P. Story/パチンコ・・・昨日・今日・明日(8/13)































































































































































12.<大当方式の決定的変更−攻略は夢と化す>2005年(H17)

<新展開>
 2005年当時、われわれはIDチップ応用システムの新規事業を立ち上げていた。この技術に関しては1996年頃からT.I(テキサス・インスツメンツ)やインダラ、ジェムプラス等の海外企業が発表した資料を調査してきていた。RF−IDの名称で日本の商社を経由して紹介されたその技術は、ヨーロッパを中心にして港湾のコンテナヤードで既に応用されていた。これを見てただの小型無線装置と言っていた技術者がいたが、無知にも程があった。高度な無線データ通信技術(無電源、デジタル変調、送受信)+ネットワーク構築を前提としたハードウェアとソフトウェアがバランス良く合体した総合システムである。やはり英文の原論文を読まない巷のカワズ技術者には理解できなかったようだ。

だが、日本の電機業界の大手企業は新技術には敏感だ。挙ってこの技術をパクリ、小手先の変更を加えることで国内を中心に特許を出願した。1996年時点で最低でも5社(OMRON、三菱、日立など)が出願していた。当然クレームが来るので修正には苦労しただろう。実際、私も特許出願をし、クレーム修正に苦労した1人である。

 さて、これらのシステムはすばらしいのだが、当時の日本では実現可能性ゼロであった。バブル崩壊後の不景気どん底、需要が全くないのである。

 某大手メーカーの営業と手を組み、デモ装置を担いでさまざまな客先へ何度出かけただろうか・・・ほとんど案件(20以上)がまとまらなかった。原因は不景気だけではない、チップの価格と特性にもあった。またシステムとしての価格も高すぎた。

通常、日本の会社と外国の会社との取引の場合、商社を経由する。これがいけない。チップは1万個単位で購入しないと、かなりの割高になる。リーダライタもそこから購入するより他ない。全てにマージンが上乗せされる。自分で見積りを作りながら、“こりゃ、だめだろ”と何回おもったことか・・・。商社を通すと、エンドユーザに見せる気がしないほど高くなる。

そこで単独で直接契約することにした。チップは10万個単位での購入だが、その結果、単価が100円を切り、リーダライタを含めたシステムも一桁安くなった。

だがこうまでしても、田舎では商売にならなかった。商店街などにデモに行き、商工会議所のトップにあっても反応はまったくなし。猫に小判。

だが、捨てる神あれば拾う神あり、ある業界関係者の紹介で、東京を中心にした関東地方で商売が展開できることとなった。このRF−IDシステムが新製品開発、電気工事、メンテナンスというトータルファシリティであるということを理解してもらうことで、少しずつ、様々な場所(リゾート)や、企業、病院等に受け入れられていったのである。最大10人で8億円を超える売り上げを記録した。これはバブル崩壊後のことであり、あぶく銭とは無縁の結果である。開発・技術・実験で知恵を絞り、営業と工事で汗をかく。

<難儀な人物あらわる>
 そしてこのシステムの販売を進めていた頃、思いもよらぬ人物が接触してきた。P周辺システム系の会社の元役員K氏であった。われわれがIDチップを扱ってシステム販売しているという噂をある筋から聞いたという。

2005年当時、自分はP界から遠ざかっていたのだが、P業界では偽造磁気カード(偽造パッキーカード)が大量に摘発され、ICチップへの移行が行われていたのだった。

 残念ながら、われわれの使用していたIDチップはそれとは異なるのだが、システムとしては共通している。

K氏はわれわれの技術を評価、ある金額(年収900万円)で役員に迎えてもらえれば、P業界に参入できるように手配する、という。
その頃の売り上げ金額からなら、われわれの給与、材料、諸経費を差し引いても、1000万円程度は余裕で捻出できた。

ここでふと、疑問が湧いた。
以前に得たP業界の知識によれば、加盟はできても日工組に入ることはできないという仕組みがある。日工組に加入できなければP台の製造に関わることができない。

 K氏に直撃した。
「日工組は平成8年(1996年)に独禁法違反で立ち入り検査を受けたと聴いていますが、現在は独占状態を改善したのですか?」
「あれから9年たっていますからねぇ。当時は19社だったのが、今ではかなり(H29現在36社)増えていますよ。」
「しかし、加入に当り、会社の規模、経理の状態など調査が当然入りますよね?」
「その通りです。御社が現在のままでは社員の数からして問題がありますが、無借金経営だと聴いておりますし、非常に有望だと思うんです。そこで私としましてはご提案があります。ある会社と合併したらどうかと思うんです」
「といいますと?」
「私の知り合いの会社が既に日工組に入っております。そこと合併もしくは子会社化するのです。」
「ということは、そこの一部門になるということですか?」
しばらく沈黙が続いた。


思いついたように、急にK氏が不敵な笑いを浮かべた。
「あのう、ちょっと噂に聞いたのですが・・・以前に“注射器”に絡んだ仕事に関わりませんでしたか・・・」
こちらの眉間にシワがよった。
「どうしてそれを・・・?」
「この世界は、独禁法で叩かれるくらい狭いんですよ。どこでどんなモノを作ろうとしたとかは、結構耳に入ってくるんです・・・」
「といいましても、見積りレベルでおわりましたが・・・」
「ですよね。いやぁ、“注射器“など作らなくて正解ですよ。全部”かつぎ屋”に持って行かれますよ。」


業界の妙な噂までお見通しというわけである。
「あれに関係した会社がですね、まぁ数人の小さな会社ですけど、初期投資を回収できなくてね・・・」
「裏の組織は大きいという噂ですが?」
「あ、それね。ゴト専門の・・・体感器などはその連中が関係しているんですが、注射器は金額が1ケタ違いますからね。あれは完全にヤ○ザが仕切っていたんです。」


「確かに事務所へ行った時は覚悟しましたよ」
「どちらの?」
「川崎です」
「うわぁ、ほんとですか? まずいですよ、あの組は。金払いませんから!」
「・・・」言葉がなかった。
「ある会社が10台納入したとき、2台分の金しか払わなかったそうです。それなんかは少しでも回収できただけまだ良い方ですよ。いや、ほんとに・・・自分たちはぼろ儲けですからね。」


こちらは儲けどころではない。完全に赤字ではないか。
「それはひどいですね」
「これはヤ○ザが資金調達のために行うのであり、どこぞの会社を儲けさせるためではありませんから・・・まぁ、関わらなくて正解です。訴えでもしたら、次は命を掛けることになりかねません・・・
ま、それはともかく、今のPメーカーは子会社に台を製造、販売させたりしています。ご存知ですか? 三共とビスティ、平和とオリンピア、アムテックスといった感じです。」
「そういえば2004年発売のエヴァンゲリオンはビスティでしたねぇ」
「そうです。ですから決して損な話ではありません。それに将来はカジノに進出することも考えられます。韓国には既にいくつもの外国人専用のカジノができていますし、日本のあるメーカーは既に海外のスロットのライセンスを保持しています」

 話は尤もである。バブル崩壊以降、80年代から産業のコメと呼ばれて隆盛を極めた(われわれのようなアナログ・デジタル技術者と科学者の中間を兼ねたものや研究者の多くがその中心にいた)日本の電子・電気関連やFA企業は、今苦境に喘いでいる。

何年も営業に歩いて分かったことだが、少し前まで存在したハードウェア開発・設計の需要は激減、多くの大手企業が出来ることは社内でこなす方針に転換、即ち外注費を大きく削り、グループ内の派遣会社から人材を流用するようになったのである。またWindows2000以降、PC−ATマシンの性能が向上するのと相まって、その価格は下落傾向にあった。したがってグループ企業内から購入した方が外部から買うよりも有利なのである。税制対策面(固定資産税)でもだ。また、PC-AT用の拡張ボードは既に飽和状態といって良いほど揃っており、とにかく安価に購入でき(台湾、中国)且つそれで間に合った。よほど特殊なボードの設計要請でもない限りは。

一方、ソフトウェア面では、需要の多くが携帯電話のアプリケーション開発に移っていた。実際それに付いていけない場合、店じまいするしかなかった。事実、ここ数年の間に知り合いの6社がそうなった。
 
またオープン価格制の普及により、最低でも8万円するはずの携帯電話(2XX系)が関西圏から0円で販売された。といっても高く設定した利用料金と契約期間の縛りで回収するというエゲツナイ仕組みであったが。これも工業製品の本来の価値を一般人に見えなくした上に、大きな誤解を与える元凶となった。

それに加えて電気関連の量販店が1円、100円でパソコンを数量限定販売したのもこの頃であった。

 物の真の価値を見えなくしてしまった日本の社会の、愚かとしか言いようのない販売と消費行動は、デフレを促進するばかりである。商品を安く購入できても、継続して使用していくとランニングコストが嵩む。上がらない給料からの引き落とし分が増加する。その結果、自分たちの生活をじわじわと真綿で締め付けて行くことになるのである。

 先が見えなくなっているこの業界にいつまでもしがみ付いているよりは新たな展開を考えた方がよい時期に来ているのかも知れない。

「まずは、P製造業界に入り込むことが大事ですから・・・ゆくゆくは分社化して株式上場ということだって考えられますよ。Pメーカーが上場しているのはご存じでしょう?」
「ま、そうですが・・・」

話は面白いが、苦労して育ててきた技術、会社である。10万個のチップもまだ半分以上残っている。
「お話はよくわかりました。が、最終的にはオーナーが判断することですので・・・」
「また後日御社に伺いますので、その時にでも」
「では、その様にオーナーに申し伝えます」
「失礼します」

どうも丁寧だが、どこか見下したような感じがする。これこそ慇懃無礼ということかもしれない。

私の意見は具申しておいた。
その後、トップ会談をおこなったようである。同席しなかったので詳細はわからないが、ボツになったようだ。
残念ではあった。

その頃、われわれはある物件で東京・板橋へ工事に行っていた。そこのビルで2週間ほど設置作業をしているとき、ビジネスホテルに泊まっていたのだが、時々飲んだり食事に行っていた店で30歳位のある女と知り合いになった。昼間は会社に勤めていたが、週末はパチスロ専門だと言っていた。酒もよく飲む。

「今月60万いったよ。面白くてやめられないね、スロットは。」
「って、いつも勝っているわけじゃないだろ?」
「先月30万円負けたけどね」
「おいおい・・・それって給料なくなるだろ。会社の仕事は大丈夫か?」
「まぁね、なんとかやってる」

人の心配などしている場合では無いが、60万とは自分の給料と同等の金額が飛び出したのには閉口した。だが、そのギャンブル性から自分が手を出す気には到底なれなかった。

<2004年・風適法改正の影響>
 こんなPSの世界も遂に規制の波に晒された。2004年の風適法(風俗営業適正化法)改正である。これについては前の11章でも触れた。絶頂にあったPSは4号機撤去、落ち目のPはCR機の確率分母が500MAX、確変割合50%も撤廃とPSとは全く逆の規制大解除、ギャンブルマシン大復活の内容となったことは前述の通り。

表とグラフを見ると、2005〜7年まで、落ち目のPを尻目に、PSは最高売り上げを維持。小さなP店でも朝から50人以上が台の確保のために並んだというからP以上の人気である。いや、人気というよりは鉄火場か。AT機でもたった1時間で5000枚出たという。20円スロで10万円ゲット。自分の経験では、10時〜14時の3時間(昼1H休み)にCR機フィーバーフレンズMX(2003年)で14万円(2.5円換算)出たのが最大だったから、パチンコではありえない爆発力だ。恐るべし。

 


かくしてPSも2006年から検定切れの台が撤去され、スペックダウンした5号機が導入されるとその人気にも陰りが見えてきた。2008年はP台とPS台の売り上げに大きな差がでた。Pは3,339千台(+166万台)、PSは91,3千台(−83,1千台)。スロットは約半分まで落ちた。販売台数、売り上げともに最低値となっている。遂に冬の時代が到来したのである。

<抽選カウンタのプラス乱数方式>
 また、Pの世界では、2004年の風適法(風俗営業適正化法)改正に続いて、2005年(H17)抽選カウンタのプラス乱数方式が義務化された。度重なるゴト対策である。

 大当確率1/128、大当値7と仮定して、旧抽選方式と新方式の違いを、カウンタの動作を基本として以下に示す。


プラス1方式:
 
カウンタのスタート値は常に0、+1ずつ増加していき127まで来ると再び0クリアしてスタート値0へ戻る。第1周、第2周、第3周と同じことが繰り返される。この例ではスタート値0から大当値7までの時間が常に一定である。このため体感器により大当たりを狙うことができる。


それに対しプラス乱数方式は、
 

第1周は必ずスタート値0、+1ずつ増加して127まで来ると、例えば0〜127の間の乱数から第2周のスタート値101を得る。ここから+1ずつ増加して127まで来ると0クリアして+1ずつ増加、101から数えて128個目までくると再び、0〜127の間の乱数から第3周のスタート値52を得る。以下、この繰り返し。
このようにスタート値がランダムであるため、それから大当値7までの時間が一定ではなくなる。このため体感器で当り値を狙うことができなくなる。

 最近(2017年)、体感器を1〜2万円程度の低価格で販売しているHPがあった。前述の通り、もはや体感器のみで大当たりを引くことはできない。闇攻略集団が大量生産したものをたたき売りしているのだろう。20万円で売らなくとも多少は儲けが生じるのである。したがって、いかにうまい宣伝文句が書いてあったとしても、それを購入してはならないのである。
攻略の時代はほぼ終わったのである。

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